介護とプライド
2009年 11月 06日
介護士やってて思うのは、お年寄りに対していかにプライドを捨てられるかということだ。
認知症のお年寄りに対していかに正論を突きつけたところで、それは何にもならない。
返って不穏になるだけだ。
お年寄りが、トイレがお風呂だと言えばお風呂、便器の向こうにホームがあって電車が来ると言えば電車が来るのだ。
さっきトイレに行ったばかりでも、「行ってない」と言えば行ってないのだ。
「それは違う」と、お年寄りから怒られれば素直に謝らなければいけない。
おんなじ話が何十回と来ても、初めて聞いたかのように熱心に聴くふりをする。
おむつ交換の時には「畜生」とか「人殺し~」などと怒鳴られ、かじったりつねられる。
介護士はそれに動揺することなく、冷静に受け流し、体を避けながら仕事を遂行する。
若い介護士でもちゃんとやってる人はいる。
返って、中途で入った年配の職員のほうが、暴言にぶち切れて入居者とトラブルになり首になる人もいる。
プライドを捨てるというのはそれだけ難しい。
「しょうがないよ認知症なんだもの」と割り切るようにできればいいのだが・・・。
脱サラして介護の道に入る人にとっても「へたなプライドを捨てること」は大切だと思う。
ただし、これは一緒に働く職員に対して。
娘ほど年が離れた子でも先輩は先輩。
言われたことは素直に、まず実行したほうがいい。
いくら自分のほうが人生経験あるとはいえ、まずやってみてから。
介助の方法に決まりがあるのは、それなりの理由があるから。
意見があるならその後からでも遅くは無い。
自分の父親くらいの人から意見されたら、教育を任された若い職員は怖くてなにも言えなくなってしまう。
一から出直すくらいの覚悟で、素直な気持ちで教わることが大事だ。
介護には過去の栄光や自己満足で出来たプライドなんて無意味だ。
認知症のお年寄りに対していかに正論を突きつけたところで、それは何にもならない。
返って不穏になるだけだ。
お年寄りが、トイレがお風呂だと言えばお風呂、便器の向こうにホームがあって電車が来ると言えば電車が来るのだ。
さっきトイレに行ったばかりでも、「行ってない」と言えば行ってないのだ。
「それは違う」と、お年寄りから怒られれば素直に謝らなければいけない。
おんなじ話が何十回と来ても、初めて聞いたかのように熱心に聴くふりをする。
おむつ交換の時には「畜生」とか「人殺し~」などと怒鳴られ、かじったりつねられる。
介護士はそれに動揺することなく、冷静に受け流し、体を避けながら仕事を遂行する。
若い介護士でもちゃんとやってる人はいる。
返って、中途で入った年配の職員のほうが、暴言にぶち切れて入居者とトラブルになり首になる人もいる。
プライドを捨てるというのはそれだけ難しい。
「しょうがないよ認知症なんだもの」と割り切るようにできればいいのだが・・・。
脱サラして介護の道に入る人にとっても「へたなプライドを捨てること」は大切だと思う。
ただし、これは一緒に働く職員に対して。
娘ほど年が離れた子でも先輩は先輩。
言われたことは素直に、まず実行したほうがいい。
いくら自分のほうが人生経験あるとはいえ、まずやってみてから。
介助の方法に決まりがあるのは、それなりの理由があるから。
意見があるならその後からでも遅くは無い。
自分の父親くらいの人から意見されたら、教育を任された若い職員は怖くてなにも言えなくなってしまう。
一から出直すくらいの覚悟で、素直な気持ちで教わることが大事だ。
介護には過去の栄光や自己満足で出来たプライドなんて無意味だ。
by johgo-009
| 2009-11-06 23:38
| 泣き虫ケアワーカー
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